2007年05月01日

虎になってしまいそうな気分

すっかり5月になってしまいましたね。
世間はゴールデンウィークでステキな休日を過ごしているなか、
ぼくはシナリオやら企画書に追われ、
ごく普通の月〜金でアリマス。

そんな中、
少しは高尚な気分に浸ってやろうと


美術館に出かけました。

 「パリへ 洋画家たち百年の夢」(東京芸術大学・大学美術館)

明治の黒田清輝から現代の洋画家の軌跡を、
時代を追って鑑賞する志向になっておりました。

江戸期までの日本画という世界から、
西洋画を取り入れようとした明治の父たちの努力や苦悩が
わかってとても興味深かったです。
ぼくは美術については門外漢ですが、
黒田清輝をはじめ当時の画家たちは
洋画の持つ「光」の存在に圧倒されたような気がします。
それまでの日本の絵画には空間の意識はあっても、
「光と影」の意識は少なかったのではないか。
これは自然環境のせいかもしれませんが、
ヨーロッパ人は「光」に対してすごく執着した気がします。
いまでこそぼくたちは当たり前に感じますが、
100年前の画家たちは、そうとうショックを受けたのではないでしょうか。
レンブラントの模写をはじめ、
美術展には試行錯誤する画家たちの跡がよく見えました。

ふとぼくは「光と影」を感じて、
映画」もまさに光と影の世界ではないか、と思いました。
すると、日本人の感性とヨーロッパ人の感性では、
根本的に異なる部分があるかもしれない。
当たり前でしょ、という声も聞こえてきますが、
今さらながら「映画も光と影でできている」と
理解できたような気になりました。
だからどうだって、それ以上考えつかないのが、
僕のダメなところですけども。

たくさん展示してある絵の中に、
「虎」の絵がありました。
山本芳翠という人の「猛虎一声山月高」という題で、
暗い山林のなかに白い大きな虎が座っている絵です。
遠くからこの虎を観たとき、
中島敦の「山月記」の虎みたい、と感じたのですが、
近寄って解説を読むとやはり、同じネタ元を題材にしたらしいのです。
中国の古い話で、
詩人を目指した男が世間で認められず、
しまいには狂ってしまい人食い虎になってしまうという話です。
ちょうど中島敦の小説を読み終えていたところだったので、
すごくビビッドに反応したのでしょうが、
この話、すごく身につまされまして、
まるで自分のことのように思えてしまったのです。
この絵の作者もまさにそういう境遇にいたということで、
よけいにこの虎の絵に惹かれてしまいました。
おれもこんな虎になってしまうのかなあ、と
ちょっと怖いです。

高尚な気分にひたるアートな一日のつもりが、
すごく自分を振り返る日になってしまい
ちょびっとメゲてます…。
ま、興味のある方、
この美術展、6/10までやってますから
足を運んでみてください。
でもメゲないようにね。
posted by che cobara at 10:24| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | ネタ仕込み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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